幻影
和田彩花は不思議な人だ。
初めて「あやちょ」こと和田彩花と対面したのはハロプロがモベキマス活動をしていた時分、よみうりランド握手の振替の時だった。
まるでその奥に宇宙があるかのようなどこまでも澄んだ瞳。その果てしない深淵を湛えた無垢な瞳は美しく、そしてまた恐ろしくもあった。一瞬でこちらの心の奥底まで見透かされそうな力もまた感じられたからだ。大の男が当時17歳かそこらの少女にたじろがされたのだ。かろうじて笑顔は作ったが何を話したのかまるで記憶に無い。そもそも言葉を発することが出来たのかも定かではないのだ。私の人生において、あのような瞳を持った人間は未だ彼女以外には知らない。
そんな神秘的な面を持ち、且つまた美術を愛し大学で学び、それをアイドルの仕事にまで結びつけてしまうくらいアカデミックでもある和田彩花という人。ここまでしか知らない人にとっては太陽か月かで言えば彼女は月のような人間に思えるかもしれない。だがその反面、納得出来ないことに対しては事務所に対してであろうと噛み付くし、目標にすべき相手だと感じたならハロプロのヒエラルキーの頂点であるモーニング娘。にも平然と宣戦布告してしまえる人間でもある。「彼女なりのアイドル像」を含めた、自分の信じる道・願う夢には愚直なくらい正直な、太陽の如く熱い情熱を秘めた人間でもあるのだ。
その瞳に一瞬で殺された出会いを持つ私にとって、神秘的な器の中に両極端な魅力を抱えた和田彩花という人は何とも捉えどころのない存在だった。それでいて何度へこまされても立ち上がってくるという非常に人間的な泥臭さも持っている訳で、もはや理解の及ばない人間に思えていた。それ故に彼女が他の後輩達と同様に尊敬の念を持って先輩に敬語で接していてもなぜか他の後輩達ほど後輩的に感じないことがあることも「和田彩花ならさもありなん」で流していた。時にはまるで先輩のBerryz工房や℃-uteと同じラインにいるかのように感じることがあっても、だ。
しかし℃-uteの解散を目前にしたある日、彼女から一つの告白がもたらされた。それはBerryz工房と℃-uteの元となったハロプロキッズの実質的最終選考まで残っていたという事実だ。幼き彩花少女はそれを辞退してしまった訳だが、結果的に言えばその面接はアイドルをやる意志を確認するもので、その面接に残った時点でほぼキッズは当確だったのだ。あとは面接を途中辞退せず受けてさえいれば彩花少女もおそらくはキッズの一員だったということになる。
だからといって彼女がキッズの一員だ、ということにならないし彼女自身もそうは思っていないだろう。これまでに文章や映像で表明してきた彼女のBerryz工房や℃-uteへのリスペクトは疑いようのない本当の心だと私は思っている。
ただ人には深層心理というものがある。彼女自身が意識することも出来ない心の奥底に「幻のキッズメンバー」であるもう一人の和田彩花が幻影としていつも存在していたのかもしれない。彼女が逞しく成長するほどに、ある意味ではその幻影に近づくということでもあり、その結果として表層のアンジュルムの和田彩花に幻のキッズメンバーの和田彩花の文字通り幻影がちらついて見えていたのかもしれない。そんな風に感じることもあるのだ。
そんな彼女の秘密に関する一報がもたらされる前から、前述したような神秘性と泥臭さが混在する彼女の不思議な魅力に惹かれ関心は持っていた。しかしその一報を聞いてから更に私の中の彼女への関心は高まった。そういう自覚が私の中には確かにある。
和田彩花はキッズメンバーではないし、彼女にもそういう意識は無い……それははっきりと分かっていても意図せず私は彼女の中に幻影を見ているのかもしれない。私が愛した、いや、今なお愛するグループである℃-uteの一員であったかもしれない彼女の幻影をもまた愛しているのかもしれない。
6月30日、キッズの最後の一人である嗣永桃子が卒業しキッズの歴史は幕を下ろした。それは純然たる事実であり、私にとっても異論の余地はない。「もし」の存在しないこの世界においてはそれこそが真実であることに変わりはないのだ。それでも意識せずとも「幻のキッズメンバー和田彩花」の幻影を彼女の中に時折見てしまう私にとっては彼女が去る時こそが本当の意味でのキッズの終幕の時なのかもしれない。
無論、実在性すら曖昧なこの幻影を表立って評価するつもりは私には無いし、概ね和田彩花という人は私にとって「次代を継ぐ者」という位置づけであることは変わりはない。何か面白いことをやってくれそうでいて、また逆に大きく躓きそうでもある、そんな危うくも愛しいハロプロ新リーダーを私は見守り続けたいと思う。
ただ私と現場交流のある方にはあらかじめ言っておきたい。私が彼女を見守るその瞳がいつも以上に優しさを帯びている時があってもどうかそっとしておいて欲しい。きっとその時はアンジュルムの和田彩花の中か私の中、或いはそれ以外のどこかに多分彼女の幻影がいる時なのだから。
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