あの空を忘れない
ファンとして現場で見た中で最も美しかったのはどんな光景、景色か?
そう問われてあなたはすぐに自分なりの答えが浮かぶだろうか。
思い出深い光景・景色なら色々とあるものの、美しかったものと言われると正直私の頭に浮かぶのは大会場を上層部まで埋め尽くすサイリウムの煌きくらいなものだった。
そう6月30日までは。
梅雨の真っ只中ということもあり、その日も朝から予報通りの雨。
出かける前になってからてっきりあると思っていたレインコートがないことに気が付いた。ライブ中は傘がさせないので雨天時はいわば必須のアイテムなのだが、「ライブ前になったら晴れる方がドラマチックで面白いだろう」という考えの元、途中で仕入れるでもなく傘だけを持って私は会場へと向かった。我ながらアホな行動だが、晴れ女集団であるBerryz工房が起こした逆転晴れの奇跡を何度か目の当たりにしたことがある私にとってはさほど無謀な賭けには思えなかったのだ。ましてやその日はももちの卒業を見届けるためにベリメンが集結するであろうことは間違いなかったので、晴れないにしても最低でも雨は止む、という気しかしなかったのである。果たして開演前に雨は止み、ライブが進むに従い晴れ間も見え始めたのだ。
そしてその光景はやってきた。
残念ながらあの光景の美しさを正確に伝えられるものは私の手元には無い。それにあの美しさは4K映像でも正確に伝えられるとは思えない繊細な光景だった。
夕明かりが混じり始め、その薄い朱が雲や水色に疎らに映り込む空。
約8000の人々が静まり返り、会場にはピアノの美しい旋律と透き通ったももちの歌声だけが響き渡っていた。そんな会場の空気を読んでいるかのように風は音も無く吹き、しかし確かに熱を帯びた会場を癒すような涼やかさを観客の頬を撫でながら届け、また雨上がりの清涼な薫りもまた運んでいた。
目、耳、鼻、肌……それは視覚だけではない様々な感覚において美しかった。本当に完璧過ぎるほどに美しかったのだ。その美しさに心底浸りながら、私はこれが約7年のハロプロファン生活において間違いなく最も美しい光景だと確信していた。
しかしながら、今にして思えばあの光景が美しいだけでなく、あそこまで心に迫る力強さも持っていたのは演者側が魅せようという強い意識を持っていたからかもしれない。それまで美しい光景で思い浮かびがちだったサイリウムの海や空は確かに美しいが、実は演者が見た時に最大の美しさを発揮する光景でもあるのだ。それにあれはファンの方が愛するメンバー達に見せてあげたい光景でもある。力の方向で言えばこちらからあちら、なのである。
しかしあの日青海野外特設会場に広がった光景は明らかにあちらからこちらに向けられたものだった。「ももちがファンに見せたかった光景」なのだ。それ故に美しさだけでなく力強さもあの光景は兼ね備えていたのだろう。
普通に考えれば梅雨の時期に天候頼りの演出を目論むなどかなりの博打ではあるが……空も風も完璧に応えてくれた訳で、やはりレジェンドと人に評される人間は天にも愛されているのかもしれない。
そして最後は逆にピンクのサイリウムの海という、「ファンがももちに見せたい光景」をしっかりと受け取り彼女は消えていった。自らが「ファンの皆さんの愛を受信するためのアンテナ」と位置づけていたその小指をたたみ、「ももち」という魔法の終わりを告げながら。
何から何まで彼女の思い描いた通りのものだったのではないかと思える圧倒的な卒業公演であった。天をも味方につける平成の真アイドル。その真骨頂を見せつけられ私は暫し呆然としていた。まさに魔法が解けた気分というのだろうか。実は本当にももちなんて人は実在しなかったのではないかという気さえ一瞬した。その最後はそれほど鮮やかだった。
これから私はあれを超える美しさの光景にハロー現場で巡り会えるのだろうか。
偉大なレジェンドは後輩になんとも高いハードルを置いていったものである。
0コメント